音活寺子屋とは

《音楽を仕事にしていく活動のための寺子屋》

これまで専門学校や駅前スクールなんかで、パフォーマンスを学ぶための学校はあったんだけど、具体的に音楽を仕事にしてお金を生み出していくための勉強が出来る場というのが、ほとんどありませんでした。

そこで代表の山本優作が2012年から、本来仲間たちの活動をフォローするために本格的に修め始めたマーケティングやブランド作り、経営といった、仕事作りのノウハウを、もっと大々的にシェアすることにしました。

このブログではアーティストのみなさん向けに、お客様との繋がり方や、アーティストとして自立し自活していくための知識やノウハウをお伝えしていきます。

また、セミナーや勉強会、コンサルやコーチングの開催のお知らせなどもしてゆきます。

このブログが少しでもみなさんの表現活動をお手伝いできることを心から祈っています。

《音活寺子屋の主な活動》

1.勉強会の開催

音活寺子屋では、定期的に勉強会を開催します。
僕がシェアするノウハウや手法、他の参加される方が実績を出せたアイデアやノウハウを、参加者全員でシェアします。

2.セミナーの開催

音活寺子屋では不定期的にセミナーを開催し、ミュージシャンやその他アーティスト達の働く意識の向上に努めます。
効果的なコピーの書き方、SNSやYouTubeといった簡単なwebツールの活用方法。
自分のキャラを立たせてファンを見つけるための自分だけのマーケティング手法の見つけ方・・・などなど、そのノウハウは多岐に渡ります。

3.コンサルティング/コーチング

音活寺子屋ではミュージシャンとパートナーになる契約を結び、月に一回、僕がダイレクトにお話しを伺って、アドバイスをさせて頂いたり、次のセッションまでの課題を設定したりして、アーティストと二人三脚で仕事を作ってゆきます。


《代表/山本優作》

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人生遍歴

・9/13日和歌山県はど田舎群ど田舎町ど田舎に生まれる。十代前半という多感な時期に母から「お前は橋の下で拾ってきたのだ」「エアコンのフィルターに引っかかっていたのだ」「気が付いたらいたのだ」など、その出生に関して様々な提言を寄せられ、独自の価値観を育む。

・10歳のころ、自宅の押し入れから父のギターを発掘し、教えを受けたことがきっかけで、自分に音楽の才能があると勘違いをする。以後、”愛のロマンス”を皮切りに、”エリーゼのために”や”夜霧のしのび逢い”といったスタンダードの産湯に浸かり、浸かっただけで満足し、一度引退。中学生の頃に『ゆず』がしこたま流行った際、クラシックスタンダードに手のひらを返し、今度は別の押し入れから発掘してきたフォークギターであの長い長い下り坂をゆっくりゆっくり下ってく。ブレーキをしっかり握りしめていたのは、君が後ろに乗っていたからではなく、スピード出すのが怖かったから。

・十代半ばで桑田佳祐さんの楽曲の多作ぶりに感銘を受け、歌謡ロックに目覚める。平成フォークに手のひらを返し、高校時代をサザンと共に駆け抜ける。実家から高校まで自転車で片道40分近くあったので、実際本当に駆け抜けていた。適当な邦楽曲を聴いては、「サザンじゃないから良くない」と批判し、その懐の広さに磨きをかける(「エロティカ・セブンでないから良くない!」という人と比較して懐が広い)。

・高校2年生のころ、ギターは発掘するものではなく買うものだということを知る。

・高校3年生のころ、当時の彼女のために手編みのマフラーを編み、誕生日の到来を今か今かと待機していたところ、暖まったベンチ上で戦力外通告を受ける。自分で編んだマフラーと、編み物の技術が残る。

・高校卒業後、大阪の音楽の専門学校に進学。音楽を舐め切った学生生活を送り、音楽を舐め切ったまま卒業。

・卒業後、友人とルームシェアという形で千葉県に移住。コンビニで働く。レジが打てるようになる。

・コンビニをやめて、工事現場で働く。床とガラスの掃除が早くなる。

・おうちを飛び出す。

・工事現場の仕事をやめて、携帯屋になる。契約回線が10回線になる。

・音楽してなかったことを思い出し、自由を求め携帯屋をやめる。無駄に引っ越しをし、一日中ギターを弾いて歌を歌う日々。後に”自由であることと無職であることはイコールではない”と気付く。携帯屋の時の役職やキャリアをひけらかしつつ就職活動に勤しんだところ、見事に全滅。ヤケクソで警備会社に入社。

・CDを作ったはいいものの、CDの売り方が分からずに世界の端っこで助けを求める。気が付くと身の回りに『助けを求める会』が発足しており、誰かがやらねばなるまいと一念発起。現代のビジネスを勉強し、それを会のみんなが理解できる言葉で伝えるため、アーティストの自立を支援する企画『Project a.c.c.r.(アクロ)』を立ち上げ、自身のアーティスト活動と合わせて精力的に活動中。

・活動の拠点を関西に移す。企画の名称を『音活寺子屋』に変更し、コンサルティングサービスに注力。『弾き語り教室』も開講し、様々な形でのマネタイズを追求しつつ引き続き精力的に活動中。←今ここ


活動遍歴

2005年
・大阪スクールオブミュージック専門学校卒業
・活動拠点を千葉、東京に移転
・松任谷由美のバックコーラス今井マサキ氏に師事ヴォーカルを学ぶ。

2006年
・1st アルバム『自作自演』リリース ※sold out
・アコースティックユニット「Flap」のギタリストとして活動

2007年
・「Flap」 1st シングル『Flap』リリース ※sold out

2008年
・「Flap」を解散、実質的な音楽活動休止

2011年
・音楽活動再開
・”ブラックスワンレーベル”とアーティスト契約

2012年
・初主催企画『アコナイ』開催
・浅草”気ままなキッチン”にて自主企画『気ままな音楽会』開催
・2nd アルバム『朝が来るまで』リリース
・前衛音楽家/中村修人氏とのコラボ企画『eleaco』開催
・ミュージシャンの活動支援企画『project a.c.c.r.』発起

2013年
・『project a.c.c.r.』セミナー、コンサル開始
・”ブラックスワンレーベル”自主脱退
・活動拠点を関西に移行

2014年
・3ed ミニアルバム『Blue Bird Blue Bird』リリース
・『山本優作の弾き語り教室』開講、レッスン開始
・1st ワンマン開催 ※sold out
・SSW/家口リョウ氏との2マン企画『MooBeaLounge』開催
・2nd ワンマン開催 ※sold out
・山本みかん農園通販部門設立
・project a.c.c.r.を『音活寺子屋』に改名

2015年
・Now Working …