純粋に「素敵なブログ記事」を書く人として、松江竜太という男を紹介したい。

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んもう運用としては全然だめ。だけど、記事がいい。

ブログ・ハウツー強化月間だかなんだか分からないんだけど、すっかりブログ運用に関するアレコレを垂れ流し続けている昨今です。
僕自身が未だに色々な実験の最中だっていうこともあるんだけど、やっぱりその中で気付くこと、捨てることが見えてくるもので。

で、今回は「SEO」とか「効率的な運用」とか「アクセスアップ」とかそいういうのは全部ほっぽり出して、至極純粋に素敵なブログを書く人を紹介します。

『松江竜太』という人で、シンガーソングライターで。
僕が勧めてアメブロを始めて、スマホもパソコンも持ってない上にそういうことにまるで興味が無いから運用も何も無いんだけど、しかしそれにしても良い記事を書くんです。

いくつか引用して、紹介します。

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松江竜太。「いかにも」な雰囲気である。



絶妙な書き出し

毎回手法がコロコロ変わって、でもその中にまるっきりゆるがない個性というものが見え隠れするのが『松江竜太』という男なのです。

で、僕が何より大事だと思ってるのが記事の書き出しなのね。
それがこの人、とんでもなく上手くて。

「〜テキパキと〜」という記事から引用です。

人間、やっぱり何事もテキパキせにゃぁ、いかん。てのはそう、テキパキ。

テキパキって、こう書くと何だかおかしな表現て気がしてくるけども、

なんか、指の骨をポキポキ鳴らすとか、パエリヤと鉄板焼を足して2で割ったような、ロシアあたりの料理とかを連想してしまいそうだけども、
まあ、それはそれとして。

でそう、何故、テキパキせにゃぁいかんて思ったのは、やはり宮崎アニメね。

・・・

こんなん書かれたら、続き読むしかないでしょう。

まず記事のテーマとして、タイトルにもある「テキパキ」というのがあってね。
それがこの後宮崎アニメに言及しつつ、色んな映画の話しに軽妙に触れてゆくのです。

で、どう収束していくのかっていうと、全然気楽で説教でもない、まさに「軽妙」に終わってゆくのです。
よく「メッセージが・・・」なんて大層なことを言うんだけど、人は、自分を飾らずに表現すれば、そこには必ず何かしらの「メッセージ」が見えるもの。
それは主義主張なんて野暮なものでなくて、「個人」というエンターテイメントだったりするんだね。

ぜひ、続きを読みにいってきてほしいんです。

>>>「〜テキパキと〜」



自分の土俵で語る戦う

ツマヨウジだか何だかをどこかで何かに入れて、その動画をYouTubeにアップして、逃げて捕まって、っていう事件が少し前にあったよね。
その時の記事だと思うんだけど、これも名文。
引用します。

なにかと’かまってちゃん’な動画で、いろいろやらかした挙げ句、捕まったヤツがいるらしいけど。

一時期、社会派な映画などでなにかと話題だったオリバー・ストーンて監督が、すでに80年代中頃に
「メディアが巨大になった今、誰でも少しの間は有名人になれる」みたいなことを言っていたけど、
まさか本人も、なん十年か先にはここまで事件性が’幼稚化’するとは思ってなかったんじゃないか?

昔、観た’オリバー・ストーンの「ナチュラル・ボーン・キラーズ」って映画で、殺人を繰り返すカップルがマスコミの注目を集めてくうちに、いつしか次第にカリスマになっていく、みたいな内容だったと思うけど、
そこにはある種カオスのような異常性が少なからずあったと思うし、
それは当時だけじゃなくその前の時代から’そんなようなものは1つ間違えると未成熟な社会では起きる、ってなもんだったろうし、

いつだってキーワードになるのは決まって行き着くところは「自己実現」で、
それは江戸時代にだって放火魔はいた’ってなもんなんだろうけど、

難しいことは抜きにして、なにより今、思うのは
「’手軽さ’ってのは人をダメにする」っていう単純なことをやっぱり思う。

・・・

「〜寂しかったら〜」という記事で、松江さんにはめずらしくメッセージ性の強い記事なのね。
それで、いいなぁと思うのが、松江さんは映画とか本とか、「物語」が大好きなんだけど、ちゃんとそういう「自分の土俵」で話しを展開してるのが、いいんです。

これも是非記事全文を読みにいってほしいんだけど、この後の展開がんもう素晴らしいです。
特に気にしてもらいたいのが、テキストのデザイン

書かれてること、松江さんが言いたいこともすごくいいんだけど、その「すごくいいこと」を伝えるために、文章文節が、どんどん広がっていくんです。
本当にケータイ(スマホではない!)で書いてるんだろうか。
きっと本で学んだ手法なんだろうなぁ。

ぜひ、読んできてください。

>>>「〜寂しかったら〜」



美しい独り言

これは短いから、記事全文載せます。

先に言っておくと、この記事は『松江竜太』をよく知ってる人じゃないと楽しくない。
だけども、『松江竜太』を深く知っている人にとっては、ボンヤリとした顔でタバコふかせる何を考えてるんだか分からない男がハッキリと見えたりするのね。

僕は一度記事を書き始めると毎回長くなっちゃって、こういう記事はここ何年も書いてないんだけど。
だけど、こういう「自分をよく知る人だけが理解できる言葉」というのは、やっぱり必要なんです。

CCRの「雨を見たかい」、奥田民生の「カスタム」、ジョン・レノンの「インスタント・カーマ」みたいな曲をずっと作りたいと思ってて、
頭の中では長いこと、その曲の雰囲気だったりイメージのようなものは、どこか隅の方にずっとこびりついているんだけども、
それをただ単純にマネして作るのは多分とても簡単。でしかもそれじゃぁただのパクり。
難しいのはそれらの曲のエッセンスとでも言おうか、自分だけが受けとる良さ、みたいなのを自分でも気付かないぐらいのタイミングである日、ギターでもジャランと鳴らしたら、出来る のが理想的。
100人いるとしたら、2、3人ぐらいがやっと「その曲は、実は、あの曲の影響を受けているんだろう」なんてぐらいの感じ。
それはパクりじゃない。
インスピレーション。
問題は、そこまでいくのが難しい。

「自分をよく知る人だけが理解できる言葉」とは言ったけど、それは「主語を曖昧にしてる」とか、「伏せてる言葉がある」とか、そういう自己完結自己満足な文章のことじゃなくてね。

この、「〜パクリとの距離〜」という記事なんだけど、この記事なんかは、別に松江さんのことを知らない人だって読んで、言いたいことはよく分かると思うんです。
別に「雨を見たかい」や「カスタム」を知ってる必要もないし、何なら調べりゃスグに出てくるし。

気付いてほしいのは、これは主語のある独り言なんだということ。
人にまるで媚びてない、だからこその魅力があるんだけど、「自分さえ満足すればそれでいい」とはまるで思ってないから、ちゃんと文章として主語や行動のテーマが明確に書かれてる。

ここが難しいとろこで、多くの人は何があったのか書き出さずに意味深な文章を書いて、それがちょっと意味ありげでステキでしょ、なんて思ってる節があるんだけど、そんな記事はハッキリ言って出さない方がいい。
それこそ、「何があったの?」という言葉を求めるかまってちゃん記事です。

そんな甘えた記事を読むくらいだったら、これくらい孤独を受け入れた独り言が聞きたい。
その人を知る人なら知る人ほど、そこに見える「本音」が心地よくなるものです。


まとめ

今回の記事は僕の嗜好が色濃く出た、昨日書いた記事とは対極的なものだったけども、どうでしたかね。

ハッキリ言って松江さん、本当に記事を書いてるだけで、キーワードを使うとかアメブロの機能を活用するとか、全然やってません。
最近はライブの本数も減ったらしくて、チラシなんかを配ってる訳でもないからアクセスも全然集まってません。

だからいくらひとつひとつの記事が素敵だからって、「こういう記事を書いてればいいんだ!」とは思わないでほしい。
問題は、素敵な文章が書けない人は、このニュアンスを真似るといいんじゃないかなと、そいういうことで。

素敵な記事だけ書いてりゃいいかっていうと、全然そんなことないです。
素敵な記事も書いて、アクティブな運用をする。
それを忘れないでほしいんです。

自己表現と運用の両立なら、やっぱりおぐまゆきさんが頭ひとつ抜きん出てる気がします。

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しかし、みんな絵になるなぁ。



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