倉庫からノボリと看板と着ぐるみを引っ張り出しておいで。あるものは、使わなきゃ。

ついさっき僕のFacebookのウォールを

「倖田來未がAV出演していた!?」

っていう引っ掛け広告が流れていきました。
こういうゴシップ広告が流れてるのは、ひとえにこういう情報を欲しがる人がいるからなんだよね。
売れないものは売られないですから。

このブログを読んでる人なら大丈夫だと思うけど、「イイネを押して続きを読む!」なんて個人情報スッパ抜く気満々なページは、絶対クリックしないように。
もしやってたら、教えて下さい。
リテラシー意識の低い人と繋がってると、僕のフレンドの情報まで危険に晒されるんで、光の速度でフレンド解除させていただきます。

Facebookの知ってる?

クリックダメ、ゼッタイ。

倉庫からノボリと看板と着ぐるみを引っ張り出しておいで。あるものは、使わなきゃ。

なんて話しをした後でアレなんだけど、別にこの人がAVに出演してたからって、それが悪いかっていうと全然悪くない。
むしろ、売れるもん売って何が悪いんだって話しです。

例えば音楽やってる人たちや音楽は売れない系の記事を書いてる人たちっていうのは、

「キャラクターマーケティングをしましょう!」

なんて聞くと、必死で「アイドルになれっていうのか」なんて言ったり、「音楽単体としての価値は死んだ」なんてことを言い出すんだけど、だから何ですかと。

今自分の音楽を売るためにキャラクターマーケティングが必要だって知ったなら、やりゃあいいじゃん。
他に自分にバッチリフィットする売り方を知ってるなら、やりゃあいいじゃん。

多くの人は気付かないフリをしてるけど、何もしないのに選り好みばかりしてる人を救うノウハウや知識は、この地球上有史以来ひとつだって転がってねぇんですよ。
できることは全部やる。
その中で、取捨選択をしていけばいい。
それだけなんです。
それしかないんです。

キャラクターマーケティングが善なんじゃなくて、キャラクターマーケティングが悪なんじゃなくて、自分にとってのベストは何か、という話しです。
それがキャラクターマーケティングなら、それでいいじゃない。
キャラクターマーケティング以外の何かなら、それでもいいじゃない。
大事なのは、兎にも角にもやってみることです。

あるものを使え。あるんだから使え。

持ってるものを使わない意味が分からないです。
ノボリと看板と着ぐるみが倉庫の中にあるのに、それを使わずに特売のキャンペーンを打つみたいなもんですよ。

重要なのは、自分の品物が売れることですよね?
分かってる人に買ってもらって、喜んでもらうことだよね?
じゃあその分かってる人はどうやって探すんだっていうと、ウン百人といる分かってない人の中から掬い上げなきゃいけないんだよね?

そのためなら、ノボリも看板も着ぐるみも使わなきゃいかんでしょうが。
男前なら、男前を売るんです。
可愛い女の子なら、可愛い女の子を売るんです。
そういう風に生まれてきたんだから、そういう風に生きるのは自然なことですよ。

もちろん、普通の人とは違う苦労はあるよ?
男前を売ってたら、自分の楽曲を真剣に聴いてくれる人との出会いが見えにくいかもしれない。
女の子を売ってたら、なんか気持ち悪い人たちに囲まれて本当にメッセージを届けたい人たちが遠くなるかもしれない。

それは、その時考えればいいじゃない。
それは、男前に生まれてきた、可愛い女の子に生まれてきた、そういう人生の修行なんだもの。
そこまでいく前の段階で足を止めてちゃ、いつまで経っても次のお話しに進めないでしょう。

批判なんか知ったこっちゃない。

人の批判を怖れる人は、往々にして人を批判してるもんです。
口に出してなくても、心の中でそう思ってるんですなぁ。

自分が批判をしていて、どんな汚いことを思ってるかを知ってるから、自分が批判を受ける立場になることが怖くてしかたがなくなっちゃう。
これも自覚がないだけで、よく起こってる現象です。

だけど、ちょっと思い出してほしくて。
自分が今まで批判してきた人のことを、自分は本当に深く理解してきたろうか?と。
その人の人となりを知って、人生を知って、哲学や意志や志を知ったろうかと。

知らないでしょ?

そんなもんなんです。
人は、よく知らないものを否定し見下そうとする生き物です。
よく知りもしないで批判してるんじゃなくて、よく知りもしないからこそ批判するんですよ。
そんで、あなたのことをまるで分かってない人の批判なんか、屁でもないんです。

自尊心を守るための批判は、かえって自分を傷つけるだけです。
批判に耐える精神を作る第一歩は、他人を批判しないこと。
そのためには、目の前にいる人の素晴らしい点をとにかく探して、それを本人に教えてあげることです。

それを続けていると、自然と人の良いところを見抜く目が養われます。
そうすると、自分の心の中の『人が人を見る前提条件』が変わります。

力の無い世界観から、力を生み出す世界観へ。

人は、人を批判するために人を見ている。

こういう世界観を持っていると、自分が人の目に晒された時、粗探しをされているような居心地の悪い気分になります。
視線が全て敵に感じられて、それで頑張れることもあるんだけど、ちょっとずつ心がすり減ってきます。

ところが、人の良いところを見つけよう、それを伝えよう、ということをテーマに生きていると、

人は、人を肯定するために人を見ている。

という世界観が生まれてきます。
今自分に向けられている視線は、自分のことを肯定してくれているんだ!
そう感じられると、今まで自力だけで振り絞っていたところとは全く別の場所から、とんでもない量のエネルギーが湧き出てきます。

いいですか?

あなたが世界をどう見ているか、ということが、世界があなたをどう見ているか、という思い込みを作るんです。

今回は男前とか、可愛いっていう言葉を使ったけど、それは別にオタっぽいとか、文学的とか、映画が好きとかスポーツが好きとか、そんなんでいいんですよ。

自分には何が無いのか、っていうことを数え始めると、キリがないです。
自分には何があるのか、ということに注目をして初めて、自分にバッチリな戦い方が分かるってもんです。
自分に何があるのかに注目するためには、そのプロセスとして人に何があるのかってことに注目して、それを肯定することが必要です。

ということで、ちゃんと自分に力を与えてくれる世界観を作りましょ。
それがあると、生きてるだけでやる気とエネルギーがモリモリ湧いてきます。
時間は掛かるけど、悶々としたまま10年を過ごすなら、1年掛けて都合の良い自分を作っちゃったほうが、残り9年で進める距離はまるで違ってくると思うよ。

それでは、最後までお付き合い、ありがとうございました。

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