ミュージシャンがライブのために支払うお金の”見方””捉え方”。

ステージの見せ方の向上を考えてやまない
長老と若者の往復書簡録 その6

syokann

往路 長老 いしはらとしひろ から  前途有望な若者 山本優作へ

のう、ヤマモト。
おまえはお金が好きか?
あ、今ハナの下が伸びた!好きと見えるな。
おぬしも好き者よのう。
え、オンナとどっちが好きなんじゃ??ぶへへ。

アーティストとお金?
アーティストはお金の事なんか、考えちゃいけないんじゃないの?
なんて、そんなことを言う人は、まぁ今時そんなにいないだろうけれど。

まぁ、映像の方ではノルマ云々ということも話しておるが、そしてそれも大事なことなんじゃが。
今日はもうちっと深いところを掘ってみようかの。

音楽家とお金。
まぁ、どんな角度から切り取るかで、色々な意味合いが出てくるかとは思うが。

ワシは、芸事をする人間にとっては、使うにしても頂くにしても
「よろこびの代価」だと思っている。
そうあって欲しい、とも言える。

良いライブ演奏をして、たくさんの客様がよろこんで、それにふさわしいギャランティを頂く。
よい曲を佳いサウンドで録音したCDで、感動を届ける。その代価としての「代金」。

あるいは、音楽家が使うお金として。
たとえば、スタジオでリハーサルをする。そのスタジオ代金。
よりよい音でサウンドを聴かせるために、よりよい楽器や機材を買う。
これは「お客様とのより深いよろこび」を得るための、よろこびの為の投資。

もちろんお金儲けの手段としての音楽、というのもあると思う。
それが第一番に来る人も別に否定はしない。
実際にそれで成功している例も、あるしのう。

だが、それでも、しかし。

年寄りの繰り言かもしれないが、音楽や芸事は「お金の事」だけで割り切りたくないし、それがいちばんにも来て欲しくないのだよ。
単なるワシの願望じゃ。

かといってお金の事を無視して進める訳にもいかない。
一回のステージを作るのに、何千万円というお金をかける。
ユーミンやローリングストーンズならOKだが、普通のインディーズミュージシャンにはできるわけがない。
いや、一回のステージのために5000万円かけてもいいのだが、それでお客様が23人しか来なかったら、単に借金の山ができるだけである。

音楽が人類の歴史に現れておそらく数千年。
途切れることなくその伝統と魂は、今に引き継がれている。
その中には「無料の音楽」も「有料の音楽」も混在しているだろうが、音楽自体の価値とお金は関係ない。
そして音楽によってもたらされるよろこびは、無限に大きい。

そのよろこびをシェアするのが、音楽に関わるものの大きな役割だと思うのだ。

そして、そこに関わるお金が「よろこび」に近いのか、遠いのか、というのがポイントのような気がする。
演者側もお客様側も、音楽に関わる何かに使うお金が、どう、よろこびとつながっているのか、あるいはいないのかをたまには一歩引いたところから眺めてみて、その動き方を読んでみる、というのも一興かと思うぞ。

お金の使い方一つで、人間性も見えれば、品性も問われることもある。
まぁ、ワシなんぞは、そこで「下品」と判断されてしまうかもしれんが。むはは。

のう、ヤマモト。
おまえ様は音楽家はどういうスタンスで、お金と関わったらよいと思うかの?

復路 山本優作 から いしはらとしひろ へ

エグいタイトルにきましたね。
お金ね、ええ、大好きです。
オンナとどっちが好きかと言われると、間違いなくお金の方が好きです。
お金は罵声を吐いたり、暴力を振るったりしません。
バレンタインデーにチョコを渡すのを忘れているのにホワイトデーに何か美味しくて珍しくて高級なものを寄こせと恫喝してくることもありません。
そういう意味では、軍手やパイナップルなども大好きです。

さて、アーティストとお金、中々どうして根深い問題です。
いしはらさんが

「アーティストはお金のことなんか考えちゃいけないんじゃないの?」

と言うように、アーティストがお金と繋がったイメージを持つことはある種のタブーのように感じます。

でもそれは、あくまでファン目線の話ですね。
アルバムの売り上げやライブのチケットの売り上げから、当面の生活費と次回の活動の予算を組み出さなきゃいけないのに、お金のことを考えずにいるというのは、程度が知れていますね。
ちょうど、ボクサーがパンチを避ける技術を磨かずにリングに上がるようなものです。
自分ひとりや、自分達のチームで活動をするということには、必ずお金問題が関わってきますよね。

で、このお金とどう関わるか、という話ですね。
これを語るには、まずお金というものが一体どういうものであるか、ということを知らないと、ですね。

僕自身まだまだ見えていない部分は大きいのですけど、現時点では、お金は水と同じもの、だと考えています。
水は、川のような流れのあるところから隔離して放置すると、腐りますよね。
お金も、

「この5000円を守らなければ・・・」

なんて思うと、腐るんです。
もうちょっと具体的に言うと、”自分のためにならない消え方をする”という感じでしょうか。
日本は籍を国から生涯レンタルしてるようなものですから、その消え方は色々ですしね。

で、先ほど出た川という言葉の通り、僕たち自身がお金という水の流れる場所である、という考え方が良いのではないかと思います。
より多くの水を通す川が大河になるように、多くのお金を通す人の元に多くのお金が返ってくる。
決して、蓄えを持ってはいけない、という意味ではないんですよね。
いしはらさんの仰った「投資」というのはつまり、

《どれくらいの水をどこに向かって出すかということを考える》

ということですね。
沢山入ってくるから出ていくのではなくて、出ていくから次が入ってくる。
だから意図して先に出してしまう。

そして、豊かな水の流れのあるとこには人が集まります。
キレイに上手に通してゆくことで、お金はある種のコミュニケーションツールになります。

水そのものの魅力だけ、ではなくて、素晴らしい川、という価値を持ちます。
お金そのものの魅力だけ、ではなくて、素晴らしい人たち、という価値を生み出すんです。

それは例えば広告を打ったことによるファンとの出会いであったり、祝いの品に今の精一杯の誠意を表わしたことによるリスペクトのレスポンスであったりしますよね。

ということで、僕はお金とは、川と水のように、隔離せず、より良いと感じる方向へと自然に流してしまう、という関わり方が良いのではないかと思います。
それが具体的にどういう使い方であるか、ということは、アーティスト一人ひとりで違うはずです。
美しい流れを感じながら、必要なことにはその時の精一杯の投資をする。
僕は、そいういう関わり方を目指しています。

ミュージシャンがライブのために支払うお金の”見方””捉え方”。

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