ライブステージの中で告知はどういうタイミングでやったらいいの?

ステージの見せ方の向上を考えてやまない 長老と若者の往復書簡録 その2

syokann

往路 いしはらとしひろ から 山本優作へ

山本優作様

寒い脳。
あれ?このパソコンはわしの脳みその中身を知っておって、こんなイヤミな変換をするのか?
やられたわい。
そういえば前回のメールで ヤマモトは
20000回以上のライブを見るには月10回見たとしても17年以上かかるとヌカシテおったな。
ワシからお前に言えることはただ一つ。

こんな計算をしてしまうなど、お前も暇じゃ脳。ぢゃなくて 暇じゃのう。

さてさて、告知だ。
これは難しいの。
大体こういうことというのは、ある種のいやらしさが付きまとうもんじゃの。
特に無名の存在のうちは。

ほれ、BIGな存在になってしまえば、たとえば、大々的に新聞やテレビに広告も打てようというもの。
こういう形には人は「慣れ」があるから、あまり変に思わぬ。
しかし、自分で自分のアピールをするわけだから、ここがひっかる人には引っかかるわけだな。
ワシが客の立場の時は、「ライブ告知なんてこの世からなくなってしまえばいいのに~」と思うこともままありじゃ。
そしてまた、言うほうも何となくこっ恥ずかしいもんじゃ。
(告白するが ワシもステージ上で告ってしまったこと、多々あるのじゃ。内緒ナイショ)

この、こっ恥ずかしい感、があるからこそ、告知自体が演者側からすれば難しく感じられたり、
観客側からすれば、うっとおしい存在に感じられたりするわけじゃな。

またもっと問題なのは「こっ恥ずかしさ」すら覚えない演者だ。
オレのライブだ お知らせするのが当然。と思っている輩じゃの。
デリカシーがないのは 表現するものとして ちと考え物じゃろ。

ライブ告知ってえのは、連続ドラマで例えれば、「次週予告編」みたいなもんじゃろ。なんじゃもんじゃ。
ドラマの中盤から終盤、一番盛り上がるところで、次週予告なんぞやられたら 興ざめもよいところだろう。

ライブの最中に次回のライブのお知らせをする。その必要性はわからなくもないが、もっと大事なことは、
「今やっているライブ」を少しでも充実させることではなかろか。のう、ヤマモトよ。

極論すれば、「いいライブ」をすれば お客さんは「あなた」の情報を求めてくるぞ。
初めて見た人でも「今見たあいつ、ナニモノだ?ちょっとチラシ見ようか」なんて思うし、
お前のライブを見るのが3回目くらいのやつだったら、「お、今日のライブすげえ。次も行こうかな。」などとなって
この先2か月くらいのライブスケジュールをHPなりブログなりでチェックするやもしれん。

だが、そうそう簡単に事が運ばないのも承知の上。
だって、そこまでいいライブを、高い頻度でできる奴なら もうとっくに人気が出ているわい。
まだ発展途上のワシたちは 毎回グレートなライブはできないかもしれない。
でもライブのお知らせはちゃんとしておきたい。
困ったのう、ヤマモト。わしらは迷える子羊か?

どういうタイミングで告知すればよろしいのかの。
(最後に行くにつれ尻すぼみになり 言うことにも覇気がなくなる長老。労わってくれぃ)

復路 山本優作から いしはらとしひろへ

いしはらとしひろさま

ご安心下さい。
我が家のPCも一発変換で寒い脳と吐き出しました。
文字変換の範囲表示をするアンダーバーが「寒い」と「脳」の間で別れて点滅していたので、そこで解釈範囲が分かれていたものと思われます。
ただ、日々入力する言葉や使用の形式に合わせて彼らも成長しますから、そのPCが長老の脳の様子をかのように形容した、という可能性を否定することはできません。
やはり、安心するのはまだ早いですね。

さて、今回は随分と細かいところに突っ込んできましたね。
ライブ中の告知のタイミングと言うと、正直なところ僕などはあまり気にせずにいた部分でした。
暇な年寄りが部屋の隅の埃を気にしてわめいているのか、などとは決して思っていませんが、本当に思っていませんが、本当ノ本当二思ッテマセンガ、返事を打ちつつ、考えてみます。

まずは、どうして告知が必要なのか、ということですね。
それはやはり、お客様に次の楽しみの場をおお伝えする、ということでしょう。

「楽しいから、おいでよ!」

というシェアの精神。
実際楽しければ、ミュージシャンは詐欺罪に問われずに済む訳です。
ただ実際楽しいのかどうかはお客様が感じることですから、我々としては自分が出来るグレートなライブを魅せ続けるしかない訳で。

書きながら自分自身の喉を締めつけるような感覚ですが、純粋なお客様とミュージシャンという関係は、双方の中間に喜びや感動が芽生えることで繋がり続けるものです。
そう考えると、長老の仰る「いやらしさ」とは『後ろめたさ』のことかもしれません。
告知することに『後ろめたさ』が滲んでしまうというのは、【単なる準備不足】でしょう。
出来はどうあれ、少なくともベストを尽くし続けている方はそのような後ろめたさを持たないものです(窒息白眼)。

まぁつまり、グレートでないライブでしかないのなら、ステージの上から呼び掛けようがチラシを配ろうが、お客様も反応のしようが無いのではないでしょうか。

そういう意味では、【告知行為がパフォーマンスの邪魔になるなら、やらない方が良い】というのは、極論ではなく真理かもしれないですね。

ところで、冒頭で先日の20000回のライブ視聴発言に対する僕のレスポンスにしたり顔の反論がありますが、月10回で17年ではなく、170年です。
17年では、2000回しか見れません。
間もなく春がやってきます。
暖かい脳はきっと、寒い脳よりも悲しいのでしょうね。

【ライブ中の告知って、もしかしたら必要ないかもしれない。という考え方。 】

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