ステージの始め方について長老と若者が語り合ったそうです。

ステージの見せ方の向上を考えてやまない長老と若者の往復書簡録 その2

syokann

往路 いしはらとしひろ から 山本優作へ

山本優作様

のう、ヤマモトよ。
物事には始まりがあれば終わりがある。
人生にも始まりがあれば終わりがある。
それと同じくステージにも始まりと終わりがある。

おい、こら。
ジジイの大げさな世迷い言始まったよ、って言ったろ。口がそう動いておったぞ。
ワシは大抵のことはお見通しじゃ。
知らないこと以外は全て知っておるしのう。

それでだ。
ついにおっ始めてしまったこの「すててこ。」
ステージの見せ方を考えよう、などとたいそうなことを言って始めてしまったものの
何から考えるのがよいのか。
まぁ、始め方から行くのが妥当かのう。

なぁ、ヤマモトよ。
ライブだのステージだのに限らず、始め方というのは大事だと思わんか。
たとえば、じゃ。
会社に行っておまえさんが、元気よく「おはようございます!」と挨拶したとする。
だが、先に来ている連中は、挨拶を返さないどころか、むすっとしてほぼ無視の状態。
続いて始まる朝礼では、みんな聴いてるんだか聴いていないんだかなだらしない雰囲気。
しかも挨拶には返事をせんくせに、こういう大事な時にくっちゃべっているヤツが何人もおる。
どうだ、仕事の始まり方としては最悪じゃろう。やる気などというものは一辺に吹っ飛ぶわな。

まぁ、ライブステージの始まりと、会社の仕事の始まりを同列に論ずるのは ちょいと違うかもしれぬが、
「始まり方」というくくりでは一緒じゃ。

ワシが今までに見た20502回のライブステージではなぁ、始まりがぬるいステージというのは
100%ではないにしろ、おおむねつまらないステージが多かったぞ。
ヤマモトはどうじゃった??

お客さんは ライブ、だのショウ、だのに何を求めてやってくるのかのう?
まぁ、人それぞれかもしれないが、でも、共通して言えることはあると思う。
「非日常の何か」を求めてくるのじゃとワシは思っている。
あの千葉の方にあるネズミの王国なんぞは それを極限まで追求した場所じゃ。
かけている金も智恵も違う、と言ってしまえばそれまでだが、でも、ワシならば、金の点で負けても智恵の点で負けたくないぞ。
だが、あのネズミの王国は 一歩足を踏み入れた瞬間から お客様の気持ちを引きずり込むらしいではないか。

そうだ、ネズミの王国と並んで、映画なんぞにも負けたくないぞ。
ハリウッドさんのもとには、莫大な金と最高クラスの才能が集まってくる。
そうして創り上げたものが、なぜ1800円でみられるかというと、「複写品」だからだ。
こっちは才能においても(悲しいけど多分) 金においても(間違いなく)負けているかもしれんが、
その代わり世界に二人といない、生身の人間がやっておるのじゃ。映画には勝ちたいものよのう。
だが、それを実現するには色々なことをまず考える必要がありそうじゃのう。

「オレは日常をリアルに歌うシンガーだから等身大の自分を飾らずに歌うんだ!!演出なんていらないんだ!!!」
ヤマモトよ、等身大のリアルってなんだ?
30字以内で答えてみぃ。
そして、リアルなことを歌っているヤツは 「リアルな自分そのまま」でいればよいのかのう?

おおお。すまん、ぼけておるせいか、だいぶ脱線してしまった。
始まり方じゃ。
おまえに教えを請いたい。分からぬことは投げ出せ。かまわん。
始まり方が大事なのはなぜなのだ?
また、始まり方に求められることってなんなのだ?
おまえのまだぴちぴちした脳みそをフル回転させて答えておくれ。

復路 若者 山本優作より 村の長老 いしはらとしひろ へ

いしはらとしひろ様

いしはらさん。
もう、そのキャラでいくのですね。
ジジイ口調で通すのですね。
後悔は無いのですね。
であれば、これ以上僕からは何も言いますまい。

時に、「往復書簡」というタイトルでやっているのに僕の口の動きを読んだその眼力、やはり尋常ではありませんね。
施設への入居も視野に入れるよう、奥様にお伝えしておきます。

では、本題について。
僕も物書きの端くれですから、物事の冒頭部分がいかに重要かということは、日々恐々として感じている次第です。
事実、僕自身がつまらない冒頭を押し付けてくる文章は、高い確率で捨て置きます。
読まれないということは、その内容は存在しないことと同じです。
あらゆる事柄において、これほど恐ろしいことはありません。

それをライブパフォーマンスに転じて。
いしはらさんが言うように、そこには生身の人間が居て、お客様がそうであるように出演者も、そのステージの全長以上の時間を投資して、そこに居るのです。
それを”始まり方がつまらなかった”という理由で切って捨てられたのでは、あまりにもったいない。
加えて、そこでの引きつけが甘かったがためにお客様がその後ステージに距離を置いてしまう、厳しく言うと、覚めてしまうということは、往々にして起こりうることです。
音楽はエンタメですからねぇ、酔えなきゃ、楽しめない。
これがそのまま、《始まり方が大切な理由》に通ずると考えています。

あと、ステージの上で語られる「等身大の俺」は、30文字で言うと

「俺が見て聞いて感じたことや世界観を追体験できるひとつの異世界」

でしょうか。
その世界がその辺に転がってるつまらないものだと思ってやってる人なんか、一人もいないでしょう。
ならば、それは他人にとっては十分非日常の夢の国です。
自分が一番自分らしく見えるようにするにはどうすればいいか、ということを考えないのは、ただの手抜きでしょう。

と、聞かれたことに答えていたら、随分と偉そうな文章になってしまいました。
まぁ企画そのものが十分押し付けがましいものなので、今更何も恐れますまい。

時に、頂いたメールの中で「20502回のステージを見た」と仰っていましたね。
計算してみたところ、毎月10本のステージを見たとしても、20502回に達するには、だいたい170年ほどかかるようです。
これから寒さも本格的になってきます。
どうか、ご自愛下さい。

すててこ。次回へ続く。

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