一歩引く。二歩引く。三歩引く。

またツール別にアレコレ似たようなことを話そうと思っていたのだけど、前回あげた記事で必要なことは言ってしまった感が凄く出たので、もう次に進もうと決めたんだ僕は。

というか、どのSNSツールにも隠された秘密の機能なんて存在しない訳です。使ってて何となく分かる、それ以外のことはないですよと。投稿しても「いいね!」が増えないのは、その投稿がつまらないからなんですよと。結局、そういうことなんだね。人と繋がることは仕組みを駆使してやっていけても、発信するコンテンツがつまらなければ、広がらない。コンテンツ・イズ・キング。ですよねGoogleさん。

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「Year—–!!!!!!!!」

誰だお前。うわ、Googleグラスそれ、うわ。

一歩引く。二歩引く。三歩引く。

まだ中学生くらいだったころ、漫才の番組を見ていたらオール巨人師匠が「漫才は受けたら受けただけ引かなあかん。押したらあかん。」と言ってましてね。その時はへーそうなんだ、くらいのもんだったんですけど、自分がステージに立つようになって、自分が押すことしかしていないな、と実感した時に、この言葉がムギュムギュ胸の奥から上がってきまして。

当然漫才に限らず、何事においても調子に乗るという状態や、テンションに身を任せてコントロールを手放すという状態は望ましくない。音楽に例えるなら、お客さんが盛り上がっているのは演奏のノリや歌詞の内容に感動しているからで、テンションマッハ暴走状態で自分のコントロールを手放して演奏の質を下げると、お客さんが盛り上がっている理由を自分で潰している、という感じ。

実際に顔を付き合わせているステージでそうなんだから、読み手が既に一歩引いた状態のところにいるブログやSNSの投稿などは、さらに引くことが重要な訳です。

引きます。一歩目。

まず一歩引くためには、上述のお客さんも一歩引いた状態でいる、ということを理解すること。例えば、不機嫌な人が隣にいると、こちらまで良い気分でなくなってくることがあるじゃないですか。つまり、人は他人の感情を物理的な空間の中で受信してしまう、ということ。この位置から一歩引いて、相手が画面に出てくる文字列だけだったなら、感情が伝染する力っていうのはすごく弱くなるんです。したとしても、実際の空間で押し付けられるほども強くない。とても簡単に言うと、空気感が伝わりづらいということ。

SNSは、常にこの状態なんですね。相手がその場にいない。空気が震えない。そんな距離感だから、

「本当にサイコーなんです!」

といくら言っても、分からない。”基本的に”空気感は伝わらない。なら、何を伝えるべきか、何を知ってもらうべきか、ということを考えて、伝わるように伝えなければならない。それを理解することが、まず一歩引くことになります。たぶん。

引きます。二歩目。

魅せたい自分を見せる、という考え方ができると、万事解決なんです。そりゃあ人ですから、良くないこともあればムカムカすることもあるし落ち込んでしまうこともあります。でも、そういうことを直球で文字にしてぶん投げてしまうと、例えば毎日

「悲しい悲しい悲しい」
「寂しい寂しい寂しい」
「僕僕僕私私私」

なんて記事を上げていると、ただのかまってちゃんにしか見えなくなります。これは、出来る事なら伏せておいた方が良いんです。あなたの理想とするアーティストは毎日他の誰が見てるとも知れないSNSやブログに自分の弱音や自分を下とする卑怯な自己顕示欲を発し続けているんですか?という話しなんです。あなたが魅せたい自分と、見てほしい自分は、本当に一致していますか?だいたいの人が、ズレています。でもそれに気付かずに、アーティストである自分を演じることを忘れています。

これに気付くために必要なのは、自分のタイムラインやニュースフィードを改めて見返してみること。それも出来る限り自分が書いた、という意識を捨てて、初めてそのページを見る人の気持ちで。果たしてそこに「俺は/私はこんなアーティストに見られたい」と思っている自分が見えるかどうか、是非厳しい目で検分してみて下さい。「いいじゃんこれくらい」とか「うん、なんとなくほら、こういうのもアーティストっぽいじゃん」とか、そんな感じで甘えてもいいんですけど、ここで甘えると結果が付いてこないんです。

アーティストとして運用するSNSはプライベート使用のSNSとは全く別物です。

友達とくっちゃべったり愚痴を言い合ったりしたいのなら、もうひとつ自分が自分と特定されないアカウントを作る事をオススメ・・・したくないんですけどね。ルーズリーフ的な紙に書き出して自分の頭の中から取り出せたら、それだけでかなりスッキリしますから、かまってほしい感情はそうやって処理できると良いのですけど。

どうしても書き出してしまいたいのなら、書き込むだけ書き込んで即消したり、いっそネタにしてしまうことをお勧めします。お笑い芸人の明石家さんまさんは仲の良かった弟さんを火事で亡くしているのに「俺が火事で死んだら”さんま焼ける”っていう見出しが出る」というネタを持っています。正気の沙汰ではありませんが、ひとつの指標になるはずです。

引きます。三歩目。

二歩目の引きができたら大体大丈夫なんですけど、もうひとつレベルを上げる為に、文章をデザインするという意識を持ちます。過去に何度か発信してきましたが、web上の文字は読まれる前に見られています。見た時に読む気にならなければ、どんな良い話しも読まれません。読まれない話しは、存在しないのと同じです。是非ともなんとかしたいところ。

これに強いのがTwitterだったりするんですよね。ひとつの投稿が140文字っていう縛りがあって、そもそも読みづらくならないようなシステムが出来上がっています。まぁ、だからこそ内容がモロに露呈する、ということになるんですけどね。

たとえばFacebookなんかだと、少し長い文章だと途中でカットされて「続きを読む」なんてリンク付きでニュースフィードを流れてくるじゃないですか。何行以上だと隠される、というルールが良く分からないんですけど(今見てきたら5行で隠されている人もいれば9行で隠されている人もいた)、とにかく中〜長文の場合は冒頭5行以内で「お、気になるな」と思わせてあげられないと、先まで読んでもらえないんです。恐ろしいことやで。

だから、普段タイムラインやニュースフィードを眺めている時に、自分がどんな投稿に引きつけられているのか、どうして引きつけられたのか、ということを意識してみて下さい。後は自分が引きつけられた要素を、自分の投稿に落とし込むだけです。そうすることで、自分と文章的な嗜好の近い方と近づける、というメリットもあるね。

これでいいですか巨人師匠。

ということで、舞台では一歩引く、webやSNSでは三歩引く、という話しでした。これが出来る人と出来ない人のweb上での魅力というのは、それこそ天と地ほどの差があります。自分のアーティスト名義で何かやってる方は、是非参考にしてみて下さい。

ただし、ただしです。

自分の良さを一番分かっていないのは、実は自分自身だったりすることが往々にしてあります。自分が魅せたい自分はこうだけど、本当はこうした方が自分らしいのかもしれない、ということに気付けて納得できた時には、下手に抗わずに乗っかる柔軟さも必要不可欠です。それも毎日コロコロ変わるようじゃちょっと、という感じなんですけど。バランス感覚って大事なんだなぁ。

ではでは、今回はこの辺で。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

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